生豆が決めていること — 水分・密度・精製
「水分が多い豆は焼きにくい」「高密度の豆は熱が要る」「発酵系は細胞壁が脆いから熱が入りやすい」。生豆についてよく言われるこの三つは、根拠の強さがまるで違います。一つ目には同じ豆を使った対照実験があり、二つ目は実務者の一致であって測られた式ではなく、三つ目を支える測定は存在しません。この記事では、水分値(含水率)・密度・精製(ウォッシュト/ナチュラル)のどの性質が、どの証拠で、どこまで焙煎を動かすと言えるのかを分けて見ていきます。
専門用語は出てくるたびに説明します。予備知識は要りません。
結論から
- 初期水分は浅煎りでは到達色と密度をはっきり動かし、深煎りではその差がほぼ消える。ただし収束したのは明度・密度と一部の香気成分であって、この実験に官能評価はない。「深く焼けば原料差が消える」という意味ではない(Baggenstoss 2008)。
- 通常の入荷ロットが収まる 10〜12% の水分差は、設計をやり直すほどの量ではない。ただしそう言えるのはモデル上の計算であって実測ではなく、同じ計算は豆径・伝熱面積・熱風の風速のほうがはるかに効くと名指ししている(Hernández ら 2007)。
- 「密度」は一つの量ではない。同じ豆に少なくとも4通りの測り方があり、互いに換算式と誤差を挟まないと並べられない。ゆえに「低密度豆はチャージ温度を 5〜10℃ 下げる」は実務者の一致であって、熱工学から導かれた式ではない。
- 豆の強度は水分の単調な関数ではない。吸湿するとまず硬くなり、ある点を越えてから軟らかくなる。生豆の標準含水率帯は、その硬くなる区間の途中にある(Pittia ら 2007)。
- 収穫後の処理が種子の中まで届くことは、複数の別の量で確かめられている。届いた先が細胞壁の多糖であることを測った研究は、一件もない。「発酵系は細胞壁が脆い」は、組成の変化を構造の変化へ言い換えたものである。